「千空先生!ちょっと聞きたいんだけど、良いかな」

太くはないが凛と通る声に、呼ばれた本人のみならずその場にいたほとんどの人間が彼女に注目した。

「えーっと……?驚かせてゴメンナサイ」

前髪を弄りながら居心地悪そうにする彼女に「先生」と呼ばれた男が近付いていく。
話の内容など聞いても分かる筈もなく、私はただなんとなく眉間に皺を寄せ珍妙な顔をしている二人を眺めていた。

「お似合いだよねー、あの二人。コハクちゃんもそう思わない?」

胡散臭い笑みを浮かべながら私の横に立った男。ゲンの口から出てくる言葉は、彼の性質を少なからず理解した今もめっぽう軽い。
今この場に限っては殊更にだ。

「そうかな」
「そうでしょ」

話し込む二人の周りには目を輝かせたクロムとカセキ、スイカの姿もあり、物思いに耽る面倒な男の相手は私一人という訳だ。その方が都合が良いのかもしれないが。

「君はそれで良いのかという意味だ。わざわざ言葉にするのは自分が納得したいからじゃないのか?」
「ストップ、コハクちゃんちょ〜っと鋭すぎ」

一歩下がった位置から、ただ一人にだけ向けられているゲンの視線に気が付いたのはいつだったか。

「え、ジーマーで?俺そんな顔に出てる?」

私が答える前から「メンタリストの名が泣くんだけど」などと勝手に落ち込んでいるこの男が。人心掌握に長け、交渉に欠かせないこの男が。まさかとは思ったが、存外そういう所もあるらしい。

「ハ!目は口ほどにものを言うなんて、君の得意そうな言葉じゃあないか。まあ微々たるものだ。そう簡単には気付かれまい」
「つまりコハクちゃんのバイヤーな視力だけは誤魔化せなかったって事ね」

仲間意識の範疇外、それ以上の感情。千空は非合理と言うだろうか。彼に出会ったあの時、恋愛脳はトラブルの種だのなんだのと言われたのを思い出した。
しかし、誰かが誰かを想う気持ちは本来悪いものではない。全人類を救おうとしている千空が、分からないはずがない。

「それにしても君にそんなかわいい所があったとはな」

なにせハーレムだとか身勝手なことを言っていたような男である。

「えっ、何が欲しいの?俺に用意できる?」
「そういう事じゃない。あの子に言いたいなら、自分で言うんだな」
「や〜〜〜〜無理でしょ。ていうかコハクちゃん面白がってない?」
「……いいや?」
「いやそんな顔で言われても」

おっと、目が口ほどにものを言ってしまったらしい。
そうこうしている内に彼女の疑問は解決したようで、持ち場に戻るべく早々に此処を立ち去ろうとしているではないか。

「行ってしまうぞ。後を追うんだゲン」
「いやいやいや!こういうのはタイミングがね」
「君、そう言って一体どれだけの時が経ったんだ?」

人心を解しているからこそ踏み込み難いのだろう。
しかしそれは、勿体ない事だ。
だってこうして私達が密談しているのを振り向き様に見遣る彼女の顔ときたら。
あさぎりゲンともあろう男がこんなに分かりやすい目印を見逃しているなどと、誰が思うだろう。

「一つ助言をしてやるとすればそうだな……狩りをする時は獲物から決して目を離すな」
「狩りって、俺そこまで肉食じゃないんだけど〜」

軽口を叩きながらもゲンは素直に彼女を追うことにしたようだ。

「まさか俺がお膳立てされちゃうとはね。ま、でもありがと、チャチャッと口説いてきちゃうよ〜」
「ハ!安心して砕けてこい、骨は私が拾ってやるぞ!」
「フラれる前提!?ドイヒー!」



散り始めた人だかりの中から至極面倒そうな表情を浮かべた千空と目が合う。
彼の口が、声を出さずに動いた。

「……すまん、ゲン」
「いやあれだけ目の前でチラチラされりゃ分かるわ」
「それもそうだな」

簡単には気付かれまいと言ったが、撤回しなければならない。
ゲンはともかく、彼女の方がどうしたって素直なのだから。



2019.12.1 目は口ほどに


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